リジヤ・アヴィーロワと「たわむれ」
「わたしのなかのチェーホフ」の著者リジヤ・アヴィーロワはチェーホフの「たわむれ」についてこう書いています。

”よく思い出すチェーホフの短編がある。たしか「たわむれ」という題だった。
冬のある日。風が出ている。若い男女が氷の山で橇滑りをしている。橇が滑り降りるたびに、風が耳元で唸りを立てるちょうどその時、娘には「君が好きだ、ナージャ」というのが聞こえる。
気のせいだろうか。
ふたりはもう一度山へあがり、もう一度橇にのりこむ。橇が激しく揺れてとびだした、、、。するとまた聞こえるのだ、「君が好きだ、ナージャ」と。
誰が言っているんだろう。風? それとも後ろに座っている人?
橇がとまったとたん、すべては日常に戻り、連れの表情も淡々としていると話である。
モスクワのわたしも橇遊びをしていた。
以前にもしたことがあった。
「君が好きだ」という囁きも一度ならず耳にした。
けれども、ほんの少し時が過ぎてすべてが日常に戻ると、アントン・パーヴロヴィチの手紙は冷ややかで淡々としているのだった。
題はたしか「たわむれ」といった。”
引用すべて「わたしのなかのチェーホフ」より。群像社
「わたしのなかのチェーホフ」が未知谷より「チェーホフとの恋」として復刊しました。