「たわむれ」作品案内
チェーホフの短編小説「たわむれ」は1886年にユーモア雑誌「こおろぎ」の10号(3月12日発行)に掲載されました。
チェーホフはこの作品を発表した際、「脾臓なき人」というペンネームを使っています。

この雑誌への作品の掲載暦はこれで2度目であり、第1回目は「墓場の一夜」という作品を1月8日発行の1号に載せています。
その時の「アントーシャ・チェホンテ」というペンネームは、子供時代にユーモア作品を友人たちに見せていたころに使っていたものでした。
この作品「たわむれ」を発表した当時チェーホフは26歳でしたが、雑誌掲載からひと月後の4月には1884年に次いで2度目の喀血をしています。
両親一家の家計を支えるため、医師とユーモア作家の二束のわらじを履いて苦しい生活を送っていたのでした。
「たわむれ」の話の筋は、雪のゲレンデで主人公が若い娘にむかって”たわむれ”に愛の言葉を囁く。
娘はそれが滑るときの風による聞き間違いなのか、それとも主人公が言ったものか判断がつかない。翻弄されながらも、その言葉を聞きたいがために恐ろしい橇すべりをやめられなくなる、というものです。
エンディングで主人公は、今では結婚してしまったその娘と過去の橇すべりを回想しながら、自分がなぜそのときに”たわむれ”にそんな言葉を言ったのか理解できない、と言います。
ここにすでに後年顕著になっていく余計者、夢破れた中年の憂鬱が現れているのは面白い点です。
また、どの評論家も指摘していませんが、この「たわむれ」の主人公の行動はゼーレン・キルケゴールの「誘惑者の日記」と共通した点があるように思われます。