作家チェーホフの当時の力量

「たわむれ」と同じ年に書かれた作品に「アガーフィヤ」があります。この作品は26歳のチェーホフがすでに人間存在へ向けた観察眼と描写の深さを備えていたことを示しています。
転轍手の夫の留守中に菜園の番人の元へ逢引にきた女が、浮気がばれた翌朝夫の元へと帰っていくさまを描いた終盤の情景にその作品の際立った点があります。
佐々木基一氏は「アガーフィヤ」についてその著作「私のチェーホフ」でこう述べています。
”この結末の叙述は、一語の無駄もなく、一語を挿む余地すらない”
”転轍手の妻と夫、呑気で無責任で変わり者の菜園番の三者によって演じられるこのエピソードは、きわめてありふれた、農村の日常のなかでよく起こる情事にほかならないが、そのささやかな日常茶飯事と平凡な人物たちが、そのままで、古今の大文学に匹敵するほどの文学的高みに達している。
26歳のチェーホフは、人生のごくささやかな出来事にも、強烈に反応するその感受力の強さによって、早くも大作家の風格をあらわしている。”